番組改変事件10年/NHKの明日へ 下
メディア研究者松田浩/民主主義と未来につながる問題
NHK番組改変事件は、2001年、「女性国際戦犯法廷」の取材を通して戦時中の「慰安婦」問題など日本軍による性暴力の実態を検証しようとした番組が、当時の安倍官房副長官らの圧力と、それを受け入れたNHK上層部の改変命令によって、大幅に削除、改変された事件である。
真相が明らかに
これまで放送に対する政治介入事件は数限りないが、当事者が真相を語らないまま、うやむやに済まされることが多かった。それだけに、今回、事件が裁判で争われ、そのなかで長井暁デスクが政治的改変の実態を内部告発し、永田浩三チーフ・プロデューサーが勇気を持って真実を証言したこと、そしてそれをきっかけに制作者、視聴者、市民、研究者一体となって事件の真相が解明され、放送倫理・番組向上機構(BPO)のような放送事業者の自主規制機関までを含めてその問題点がオープンに論議されたことの意義は、たいへん大きい。
一つの勇気が、次の勇気と行動を生み、それが政治的圧力や改変の実態に迫った東京高裁の画期的判決やBPO放送倫理検証委員会(川端和治委員長)の「意見書」を導き出す結果になった。BPO放送倫理検証委員会の「意見書」についていえば、もし事態が最高裁判決で幕引きされていたら、番組改変事件の真実は、またも〝うやむや〟に済まされていたに違いない。だがNHK制作者の有志と「放送を語る会」がBPOに番組改変事件の検証を要請し、BPOの放送倫理検証委員会がこれに応えて、「改変は公共放送の自主・自律を危うくし、視聴者に重大な疑念を抱かせた」と、最高裁が避けて通ったジャーナリズムの報道倫理に真正面から向き合った意見書を明らかにしたことで、問題が深められた。
開かれた論議を
意見書が、公共放送がよって立つ視聴者の信頼感の根底に政治からの自主・自立の問題があることを強調したうえで、NHKに検証番組の放送を求め、あわせて「内部的自由」の確立や「編集権」の問題にまで踏み込んで放送の担い手たちに開かれた議論を求めた意義も大きい。
事件の全面解明と検証番組の放送を求める視聴者・市民の運動は、長井、永田両氏もこれに合流し、シンポジウムの開催、出版活動などを中心に、なお粘り強くつづいている。それは、日本社会が戦後半世紀以上たった今日なお、「従軍慰安婦」問題や過去の侵略戦争の責任に向き合えないのはなぜか、また、メディアはなぜ、そうした加害の歴史に沈黙するのかを深く考えさせる貴重な契機ともなっている。
理解できないのは、ここまで疑惑を持たれ、海老沢会長(当時)の事件への関与を裏付ける有力証言まで突きつけられながら、ひたすら沈黙を続けるNHK執行部や経営委員会の無責任な態度である。BPO放送倫理検証委員会の意見書とNHKの見解をまとめたブックレットの序文で、川端委員長が「番組の公開を含めNHKが保有している資料を可能な限り公開することこそ、NHKの自主・自律の堅持のために今もっとも求められている」と書いていることの意味は、きわめて重い。
温存された体質
事件を生んだ政治介入の仕組みとそれを受け入れるNHKの体質は、いぜんとして温存されており、克服されていない。NHK番組改変事件は、その意味で決して過去の事件ではなく、日本の民主主義と未来につながる問題であり、真相の全面解明と自己検証を迫られている今日的課題なのである。視聴者の「知る権利」がかかっているこの問題を、私たちは決して、うやむやに済ませてはならない。
NHKが自ら事件を検証し、その教訓を組織全体で共有したうえで、そこから視聴者の「知る権利」に責任を負う自主・自立の公共放送として再出発しないかぎり、番組改変問題の解決はないということを、最後に強調しておきたい。
2011年02月03日 しんぶん「赤旗」