死より怖いこと、それは「戦場の狂気」
本多立太郎氏の「戦争展わかやま」戦争出前噺②
8月5日、「戦争展わかやま」で本多立太郎氏( 93 歳、みなべ町)が「戦争出前噺」を話されましたので、その大要を2回に分けてご紹介しています。今回は2回目。
死ぬことより怖いこと
戦場には死ぬことより怖いことがある。
あるとき、飯を炊くために、ある兵士と水を汲みにいったら、その兵士は中国兵の8人の死体が浮き、血や脂の浮いた水を手で掻き分けて、水を汲んで飯を炊いた。これは普通の人間のすることではない。
しかし、その兵士は特別異常な男という訳ではない。ごく普通の人間が、一旦戦場に行くと、とても考えられないようなことを平気でやってしまう。私はこれを「戦場の狂気」というが、死ぬことより怖いことではないかと思う。
殺さなければ殺される
ある日、10人の捕虜を連れて歩いていたら、突然周囲から弾丸が降ってきた。とても捕虜を連れて歩くような状況ではない。隊長はひとこと「処分せよ」と言った。銃剣で刺し殺す。いくら戦争といえども罪は罪。人間のすることではない。そういうことをやらされるのは一番階級の下の兵隊だ。軍隊には陸軍刑法があり、最も重い罪は「抗命罪」その中で最も重いのは「敵前抗命罪」。私が断ったら、私が殺される。中国兵の命の極限の表情は60年経っても私の目から消えない。実に恥ずかしく、悔しく、無念である。
私にそれを命じたのは隊長であるが、その最も上の責任者はただ一人である。自分に罪がないとは言わないが、その人にも罪を犯させた責任を果たしてもらわねばならない。
当人が死んで、息子がその位置を継いだのなら、その責任も果たしてもらわねばならない。そういう制度はやめてもらわねばならない。
憲法を守ろう
今日の社会をどう見るか。
70年前の2・26事件である。あの反乱軍に襲撃された朝日新聞社の前であの反乱を見る「沈黙の群衆」があった。腹の中では「我々を守る軍隊がなんということをするんだ」と叫びたい。でも、自分の周りに私服の警官や憲兵がいないという保証はない。治安維持法の下では声を上げたくても上げられない群衆であった。
50年後に、朝日新聞阪神支局銃撃事件が起った。私は今なら声が上げられる。声を上げようと思えばいくらでも上げられる時に声を上げないのはむしろ罪というべきではないかと言った。それからまた15年、その間にだんだんと世の中が変わってきた。はっと我に返った時、声をあげたくてもあげられない群衆のひとりにされてしまっているのではないか。1936年と同じ道を歩かされているのではないか。そうなってからではもう遅い。今ならまだ抵抗ができる。絶対にそうさせてはならない。そのためには憲法を守らなければならない。
話題を豊富に=本を読む
憲法を変えるには2つの段階がある。ひとつは国会の3分の2の賛成で提起する。その次の国民投票過半数。これは我々が一票を投ずる。その時にNOという仲間を自分の周囲に作っていく。そのために、普通の人にできることは日常の生活の中でNOという人を作っていくことだ。どう
するか、それは「話題を豊富にする」ことだ。いろんな話題の中で憲法を話す。「話題を豊富にする」ためにどうするか、「活字に目を曝す=本を読む」ことだ。閑になったら読もうでは読めない。忙しい時に寸暇を惜しんで読むのがこつである。(終り)
本多氏が推薦する本
吉野源三郎(岩波文庫) 『君たちはどう生きるか』
日高六郎(岩波新書) 『戦後思想を考える』
鶴見俊輔(岩波単行本) 『教育再定義の試み』
2007・09・05 「九条の会・わかやま」 45号(1)