番組改変事件10年/NHKの明日へ 上
市民の輪/正義と被害者の名誉のため
自民党幹部の圧力で改ざんされたNHKのETV番組「戦争をどう裁くか第2回 問われる戦時性暴力」の放送から、30日で10年がたちます。市民や番組制作者らをはじめとした、今も続く真実の解明を求める運動。「番組改変事件」が問いかけたものとはなんだったのか、3回連載で考えます。
番組が放送された10年前のことを、鮮明に覚えている人たちがいます。その前年、2000年12月に市民の手で開かれた「女性国際戦犯法廷」(以下「法廷」)。実行委員団体の一つ、バウネットジャパン(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク)で運営委員を務める田場祥子さんは、「当時の話をすると今でも涙が出る」と目頭を押さえます。
「放送は、『法廷』の感動は何も伝わらないズタズタなもので、主催者すらも出てこない。ショックでした」
核心をカット
改変された番組は、「法廷」を軸に日本軍「慰安婦」問題を取り上げ、女性への性暴力について考えると新聞などで事前に予告されました。「ボランティアで参加していた『法廷』を取り上げるときいていたので、放送にはとても期待していました」と田場さん。
「人道に対する罪」という視点から、加害者の責任を問い直そうという世界世論の流れの中で「法廷」は開かれました。しかし、放送された番組は、「法廷」の核心部分である「天皇と国に戦争責任がある」とした判決には全く触れませんでした。肝心の被害女性や元日本兵の証言もカットされたものでした。「各国のいろんなところから被害にあった方が参加していたのに、それが全く無視されていた。証言者のハルモニ(おばあさん)たちは〝二度殺された〟んです」(田場さん)
01年7月にバウネットはNHKらに対して、なぜ当初の企画趣旨と全く違った番組になってしまったのか、真実を明らかにすることを求め東京地裁へ提訴。07年の二審判決では、NHKが自民党国会議員の発言を「忖度(そんたく)して…(略)その結果、修正を繰り返して改編が行われた」と政治介入があったことを認めました。しかしその後NHKが上告した最高裁判決では政治介入の問題には触れず、「編集権の自由」という抽象的一般論に終始しました。「番組改変事件を、ほとんどのメディアが取り上げないですから。裁判所もそれを見ていたんでしょう」と振り返る田場さんの口調に悔しさがにじみます。
アーカイブスに
NHKは最高裁判決を「正当な判断」とし、ホームページ上に「説明文章」を公開しただけで、事実解明を拒否し続けています。
事件を機にNHKや放送の在り方を問う市民集会やシンポジウムが全国で開かれています。番組に関わった当事者でない市民も加わって、運動はかつてなく広がりました。
田場さんは「正義の実現のため、彼女たち(被害者)の名誉回復のために立ちあがった、それが『法廷』でした。けれどその『法廷』がゆがめて伝えられたわけです。それに怒りを感じた人たちが出てきたんだと思います」と話します。
「NHKアーカイブスにもETVの4回シリーズは入っていない。みんなが見られるようにアーカイブスに入れてほしい。そして検証番組を作ってほしい」と求める田場さん。番組改変事件から10年の今こそ、NHKは市民の思いに向き合う時です。(「中」は2月2日付に掲載)
改変事件の経緯
2001年1月24日〈放送6日前〉 ザッと編集したものを試写した教養番組部長が「『法廷』との距離が近すぎる」と意見。NHKの制作スタッフの合意で番組の基本方針を確認し、編集し直す。
26日 国会担当局長も試写。放送総局長らの求めで、法廷に批判的な学者の意見を追加取材。番組制作局長は「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の本にある中川昭一、安倍晋三の名を指し「この人たちだ」と言う。このころ、右翼がNHKに押しかける。
29日 放送総局長と国会担当局長が、安倍晋三官房副長官に面会。国会担当局長の指示で、日本政府と天皇の戦争責任に触れた部分を削る。
30日〈放送当日〉 番組制作局長が会長に呼ばれる。番組制作局長、放送総局長の指示で元「慰安婦」や日本兵の証言シーンをカット。完成したのは、放送1時間半前。
〈ETV番組とは〉
ETV2001「戦争をどう裁くか」はNHK教育で2001年1月29日から4夜連続で放送。20世紀の戦争の中で起きた犯罪を検証し、和解を目指す世界の潮流を見つめるシリーズです。
第1回「人道に対する罪」。ナチス被害へのドイツの謝罪と補償、アルジェリア独立運動を弾圧したフランスの状況から、戦争を裁く取り組みを考える。
第2回「問われる戦時性暴力」。日本軍の性暴力を裁くことを目的とした「女性国際戦犯法廷」に焦点を当てる。7カ国の団体が国際実行委員会を構成する民衆法廷で、被害女性64人が証言に立った。
第3回「いまも続く戦時性暴力」。「女性法廷」の一環として開かれた「国際公聴会」を取り上げ、どのように性暴力の根絶を目指すか話し合う。
第4回「和解は可能か」。アパルトヘイト(人種隔離)から、和解を模索する南アフリカの姿を伝える。
2011年01月29日 しんぶん「赤旗」